万葉の森(32) 植物園づくり

129 ヒガンバナ(ひがんばな科)[万葉名:いちし(壱師)]

路の辺の 壱師の花の いちしろく 人皆知りぬ わが恋妻を

柿本朝臣人麿歌集 巻十一-2480
万葉集中 一首

「道の辺の壱師の花のように、はっきりと世間の人が皆知ってしまった。わたしの心で愛している妻を。」

いちしの花に託して恋の思いを表した歌です。「いちしろく」のいちは非常に、しろは明白と解釈すると、めざめるばかりの赤いヒガンバナになります。いちしろくを白花と解釈すると、白花の植物のクサイチゴ、エゴノキなどの花が浮かんできます。いちし論争と言われているように六種類の植物が一首の歌に登場しているのでとてもにぎやかです。 ひがんばな科の植物にはスイセンやタマスダレのように葉と花が同じ時期に出てくるものと、ヒガンバナやキツネノカミソリのように葉と花が別の時期に出てくるものがあります。花を咲かせるためには植替えや肥料も必要ですが、緑の葉を早く刈りとらないことが肝要です。

138 フサモ(ありのとうぐさ科)[万葉名:も(藻・毛・母)]

明日香川 瀬瀬の珠藻(たまも)の うち靡(なび)き 情(こころ)は妹に 寄りにけるかも

作者不詳 巻十三-3267
万葉集中 七十四首

「飛鳥川の瀬々に生い茂っている玉藻がなびくように、私の心はあの娘になびきよってしまったことです。」

藻を詠んだ歌が多いのは、食用として万葉人の生活に関係が深かったからでしょう。フサモに限定しないで、淡水産、海水産の藻類を総称して取り上げたいと思います。 帰化植物のオオフサモは、南米産の大型フサモで、大正の中頃、ドイツ人が観賞用に日本に持参したといわれる多年生水草で、冬の寒さに強いフサモの仲間です。

140 フジバカマ(きく科)[万葉名:ふぢばかま(藤袴)]

萩の花 尾花葛花 瞿麦(なでしこ)の花 女郎花(おみなへし)また藤袴 朝貌(あさがほ)の花

山上憶良 巻八-1538
万葉集中 一首

登場する歌の中に七種類の植物を詠みこんだ最も代表的な歌です。

186 ワラビ(蕨)(わらび科)[万葉名:わらび(和良比)]

石ばしる 垂水の上の さ蕨の 萌え出づる春に なりにけるかも

志貴皇子(しきのみこ) 巻八-1418
万葉集中 一首

「岩の上を激しく流れる滝のほとりのわらびが芽を出す春になったことです。」立春が来た喜びの歌です。