万葉の森(28) 植物園づくり

73 サンカクイ(かやつりぐさ科)[万葉名:しりくさ(知草)]

湖(みなと)葦(あし)に 交(まじ)れる草の 知草(しりくさ)の 人みな知りぬ わが下思(したおも)ひは

作者不詳 巻十一-2468
万葉集中 一首

「みなとのアシに交って生えているシリクサのように、人はみな私の心の中の思いを知っていますよ」

サンカクイは池や沼のほとりの湿地に生えている多年草。ただの雑草ですが藺(い)草の一種で、所によってムシロなどを織るのに利用されています。

131 ヒシ(ひし科)[万葉名:ひし(菱)]

君がため 浮沼(うきぬ)の池の 菱採ると わが染めし袖 濡れにけるかも

柿本人麿歌集 巻七-1249
万葉集中 二首

「あなたにあげるために、浮沼の池の菱を採ろうと思って、私の染めた着物の袖が濡れましたよ」と。この菱はこんなに苦労して採った菱ですと乙女の純情さが歌われていると思います。

ヒシは一年生の水草。根部は泥中にあって茎を水面に長く仲ばし、先端に多数の葉をつけます。七月~九月頃まで、小さくて白い四弁の花をつけます。果実には二本の鋭い刺があります。実は食べられます。

156 ミル(みる科)[万葉名:みる(美留・海松・見流)]

・・・綿も無き 布肩衣(ぬのかたぎぬ)の 海松(みる)の如(ごと) わわけさがれる 襤褸(かかふ)のみ…(長歌)

山上憶良 巻五-892
万葉集中 六首

「人並に仕事に精を出しているのに、綿も入っていない布で作った肩衣の、ミルのようにボロボロになって下っているボロばかりを肩に打ちかけて」とミルをボロ布にたとえています。

ミルは海藻の一種で、来島海峡でもよく見かけます。干潮線の少し下辺に生育する海草で古くから各地で食用や虫下しの薬として使われています。

183 ヨモギ(きく科)[万葉名:よもぎ(余母疑・蓬)]

・・・霍公鳥(ほととぎす) 来(き)鳴く五月の 菖蒲草(あやめぐさ) 蓬(よもぎ)蘰(かづら)き 酒宴(さかみづき) 遊び慰(な)ぐれど・・・(長歌)

大伴家持 巻十八-4116
万葉集中 一首

「ほととぎすの来て鳴く陰暦五月のあやめぐさや蓬を髪に巻いたり挿したりしてかつらにし、酒盛りをして心を慰めるが・・・」

ヨモギは多年草。秋には一メートルほどになり、濃褐色小型頭状花を開き良い香りを放ちます。草餅や艾(もぐさ)、腹痛、止血、浴用、蚊遣り、魔除けなど私たちの生活にずいぶん利用されています。

185 ヤブカンゾウ(ゆり科)[万葉名:わすれぐさ(萱草)]

わすれ草 わが紐に付く 香具山の 故(ふ)りにし里を 忘れむがため

大伴家持 巻三-334
万葉集中 四首

「萱草を身につけておくと物を忘れるというので、私はそれを着物の紐に結びつけておいた。香具山の麓にある私の故郷が忘れられないからである。どうかききめがあればよいが」という歌で、万葉人の純情さが思いやられます。

該当する植物としてヤブカンゾウ、ノカンゾウ、キスゲ(ゆり科・ワスレグサ属)などが挙げられています。
わすれぐさはヤブカンゾウの別名。(この花を見ると憂を忘れるという中国の故事から)若葉は野菜として食べられる。見るだけでなく食べると憂を忘れるという説もあります。