湖底に沈んだ懐かしの風景



昭和三十年代に入って、今治市の急激な工業の発展と、人口の増加によって水需要が急激に増加し、県と今治市は蒼社川開発計画に基づいて玉川ダムの建設に乗り出しました。三年余りの長期にわたり、計画地域住民及び関係機関との調整が行われた後、昭和四十三年(一九六八)年六月から本格的な建設工事に着工。四十四年三月には鍛治屋集落三十戸全部、妙見前集落三十九戸、小川集落三戸の立ち退きが完了し、四十四年四月には龍岡小学校を廃校し、保育所や公民館など関連公共施設が移転されました。


ダム建設以前にあった龍岡小学校


湖畔に移築された天神社



ダム建設当時の風景と人々

農作業に向かうお母さん 郵便局
ダム周辺の集落 ミゼットで運搬
旧龍岡小学校 玉川ダム建設事務所
山を深く掘削 作業の人々
お米を運搬 材木屋
玉川町役場龍岡出張所 高くそびえ立つダム
場所を移した天神社 ダム貯水への注意書き
自然の中でのびのび飼育したやぎ かつての天神社
大量のコンクリートを製造 ダム現場頂上から
ダム建設の様子 完成!天神社
郵便局前で記念撮影 お祭りの様子
子供達もオシャレをして記念撮影 鈍川警察官駐在所
祝祭日には国旗を立てて 昭和41年
 
ダムに水が貯まり湖底へと村が沈みました